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2019年10月22日 (火)

「街の灯りとともに」という楽曲を投稿しました

Photo_20191022201401 
「街の灯りとともに」
(クリックでMP3を再生)

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街の灯りが消える こんな夜も明けていく
僕たちは話し疲れ 白みかけた空を見てる

君は煙草を消して じゃあねって言い立ち上がる
いつも通りの帰り際も これできっと最後なんだね

僕は引き止めることもできずに
君の背中を見て
返し忘れていた
ハンカチのことを思い出した

君は振り返ることもなく
そっと出て行った
ひとりになった部屋は
まるで嘘のように静かだった

言えなかった言葉が 不意に胸を締め付ける
返すものも返さなきゃな 口実には丁度いいや

行けよまだ間に合うだろう
そんなに遠く行かないだろう
駆け出した街には
群青の風が吹いていた

掴めなくなっても
離しちゃいけないものがある
早く行かなくちゃ
君の涙を見つけなくちゃ

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この楽曲はニコニコ生放送で弾き語りをやっていた頃によく歌っていたものです。
幸いにも好評いただいていたのを覚えています。ありがたい限りです。

曲の舞台である明け方の蒼い街は、私の大好きな空間のひとつです。景観から匂いから肌の感覚まで全部好きです。
そして、そんな風景の中を男が何かを伝えるために駆け抜けて行くというのは、イメージとして自分の中にいつの頃からかずっとある場面です。
記事の冒頭に載せている写真は以前ツイッターに投稿したもので、この写真を撮ったときは酔っ払ってて特に意識していませんでしたが、改めて見るとずっと自分の中にあったイメージとぴったりなものでした。こういう風景が好きなんです。

明け方は、否応なしに今日を終わらせていきます。未来の直前とも言えます。私がこの楽曲の主人公だったら、絶対に朝が溢れ返る前に思いを伝えることでしょう。なぜなら、その言葉は未来を託した言葉であるはずだからです。だから未来が来てからではダメなんです。

そう言えば、上の写真を撮った後は始発で自宅まで帰りました。電車で寝てしまい4つも駅を通り過ぎ、気付いた時には朝日が車両に流れ込んでいて、いつの間にか今日が始まっていました。
見慣れないホームに降り立って、ぶつくさ文句を言いながら電車を乗り換え帰った訳ですが、もしかしたらこの楽曲の主人公は私がだらしなく涎を垂らしてる間に、未来を託す言葉を伝えていたのかも知れないなあと、そんなことを今、思いました。

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2019年10月13日 (日)

「帰り道」という楽曲を投稿しました

「帰り道」
(クリックでMP3を再生)

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黄金色が 溶けた
またね 明日会おう

綺麗だよね 夕日
僕らの 影が伸びる

君の 好きな
歌をもっと知りたいんだ

今度
聞かせておくれ

ああ、懐かしい
なぜか愛しいよ
用など無いと僕には言えないよ

ああ、君の残り香を
風がさらっていくんだ
どこまで行こうとも探し続けてるよ

ああ、この時が
全て飲み込んでいくんだ
用など無いと僕には言えないよ
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私は茨城県の田舎に暮らしていますので、歩けばそこら中に田んぼやら畑があります。

子供の頃に祖父母に手を引かれて畦道を一緒に歩いたこと、友達と馬鹿話しながら登下校したこと、大好きだった人と丘の上から田園を眺めていたこと、そういったよくある思い出も人並みに持っています。

しかしながら、おそらくそういった機会に触れることはもう無いでしょう。祖父母もいませんし、学校にも所属してませんし、大好きだった人も今どこで何をやっているのかさっぱり分かりません。色んなものを失くした今、夕焼けの田園を眺めていると、風景だけはあの頃のままなのに同じ状況は二度と帰ってこないのかと、強い寂寞を感じます。

ただ、そういった寂しさ・ノスタルジア・懐かしさといったものが焦燥を駆り立てるだけの何の役にも立たない感情かと問われれば、「それは違う」と答えたい自分がいるのです。それらの感情が何のためにあるのか分かりませんが、捨てたくはないんです。

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