« ランニングしてきた | トップページ | 「日々という牢獄」という楽曲を投稿しました »

2019年9月 1日 (日)

なりきりのススメ

先日、ラジオを聞いてたら「なりきりチャット」の話題になった。


俺はやったことないけど、アナウンサーは「昔やりました!」と同調モード。


全く共感できない。


北関東自動車道の田と山の広がる景色を淡々と進んでいる中、全く共感できないその話題はラジオの向こう側でそれなりに盛り上がっていた。確かに中高生ってそういうの好きかもなぁ。



はてと思ったのは、それから数日が過ぎてからだ。


「なりきりチャット」はやってないけど、「なりきり」はやっていたかも知れないと思い出した。


確かに、孫悟空だとか緋村剣心だとか往年のジャンプ作品の主人公になりきって友達と遊んでいた頃もあったなー。


忘れていた。 


むしろ、よくよく考えると、人生の大半を「なりきり」で過ごしていたかも知れない。


時にそれは漫画の主人公だったり、時にそれは憧れのミュージシャンだったり、時にそれは尊敬する人物であった。


とにかく、その時々、熱やら憧れやら理想やらがあって、それに応じるように自分は何かに「なりきって」いた。



なりきっていたことを自覚していなかったのは仕方ない。なんせ、なりきることで人生の大半を過ごしてしまい、なりきることが当たり前だったからだ。


「なりきり」は子どもの頃のごっこ遊びから始まって、大人になっても考えや言動、ライフスタイルなんかは常に誰かの幻影を重ねていたような気がする。


もっと言えば、自分が個性と思っていたのは、「なりきりの選択」だったのかも知れない。


ずっと自分だと思っていたやつは、誰かの投影に過ぎなかったとも言える。でも、こう言い切ってしまうと、ちょっと虚しい。



しかし、「なりきり」は楽しいことも思い出した。自分さえ納得できれば、なりたい自分になれるのだ。


世界一の剣闘士にも、天才作曲家にも、超大富豪にもなれる。


もちろん、世間とのギャップは生まれるが、その時は、(平和を愛し敢えて戦わない)世界一の剣闘士、(現代人にはとても価値が分からない)天才作曲家、(金を使うことに飽きた)超大富豪、とかに設定を変えればいい。


きっと楽しいと思う。むしろ書いてて楽しくなってきた。


今となれば「なりきりチャット」の話題でアナウンサーがはしゃいでいたのも頷ける。自分の中に新しい自分が生まれてくるようでワクワクする。


さらにいいなと思ったのは、その時々の状況に応じて「なりきりキャラ」を変更するという手法。


例えば、ダイエット中なら「世界一を目指して減量中のプロボクサー」になるとか。漠然としたところに明確なイメージをぶち込むことでやり甲斐は格段に上がるはず。



先にも書いたが、なりきるためには自分を納得させなくてはならない。


子どもの頃なら「俺は世界一の剣闘士だ!」と無根拠に信じられたとしても、それなりの経験と知識のある大人の自分を納得させることは容易ではない。


いくら「俺は世界一の剣闘士!」と叫んだとて、現実には何一つ斬った試しがないし、剣闘士のことを何一つ知らない。これでは自分が納得できるはずないのだ。


私は「剣闘士」を知らなければ、ググったことすらない。なんとなく「斬って闘う人」というイメージだけがある。正直、このイメージも合ってるかどうか分からない。


もし、ある剣闘士の人生を描いた物語があったとしよう。


そこには彼が剣闘士を志した動機やそこに至るまでの苦悩、剣闘士としての葛藤を通じ闘うということの本当の意味に気付いた瞬間などが書かれている。


私は読み進めるうちに剣闘士の人生と自身の人生を重ね始めた。「闘技場ではなくても、俺にだって闘う場所がある」などと妙な熱を帯びる。


そして、ついに宿敵を倒した剣闘士は言う。「誰かに勝ったのではない。自分に勝ったのだ。」


見開いた本の文字が滲んでいる。知らぬうちに涙を流していたようだ。考えるまでもなく、私はこう思っていた。「この剣闘士のように生きたい」と。



以上はもちろん想像であるが、こんな体験をして我々大人は初めて「なりきり」ができるようになる。


逆に言えば、対象の情報とそれに伴った感動体験がなければ、なりきることは難しい。


だからこそ、インプットを惜しまない人間は生き生きして見えるのかも知れない。きっと彼らは意識にしろ無意識にしろ、場面場面に応じた適切な「なりきり」を行っているのだ。


それらが、人間としての奥深さを醸し出させるようにも思える。



「なりきり」を自在に扱えるようになったら、人生がもっと楽しくなるような気がする。素の自分だけで生きていくのは、少しばかり心許ない。


そのためにはインプットを惜しまず、感動多く過ごしていく必要がある。なかなかそう簡単には行かないんだけどね。意識だけはしてみるよ。


よかったら皆さんも一緒にやってみませんか?



さて、今日は何をしようかー。



|

« ランニングしてきた | トップページ | 「日々という牢獄」という楽曲を投稿しました »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« ランニングしてきた | トップページ | 「日々という牢獄」という楽曲を投稿しました »