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2014年12月28日 (日)

脳内BGMのせいで言葉で考え事ができない

頭とは不思議で、自分の知らないところから、考え事を連れてくる。
いや、もちろんその限りではないのだけど、大方の考え事は「よし、考えよう」という自発的な意思によってではなく、気が付くと何となしに思い巡らせている場合が殆どだ。
まあ、人によるのかも知れないけれど。

私は、音楽を作ったりするのが趣味なので、この「考え事」というのが、音楽になって頭に流れることが多い。
こういう風に書くと、なんだかアーティスティックな一面を晒したがっているような気がしないでもないけど、そんな大それたものではなく、このとき頭の中で流れている音楽は、例えば適当に口ずさむ鼻歌に似たような、その場限りのBGMみたいなもんである。

しかし、「これではまずい」と思ったのがつい先日の話で、頭の中で音楽ばかりを流し、言語を使わないで思考回路を埋め尽くす癖がついたせいか、物事を論理的、分析的に考えることができなくなっていることに気が付いた。

例えば、なにか困難に直面したとき、本来ならそれを打開する術を思案しなくてはならないのだけれど、頭の中で音楽が流れるばかりで、ちっとも解決策が浮かんでこないのだ。

そこで、リハビリテーションの一環として、まずはひとり言を頭の中で沢山呟くようにしてみた。
目に映ったものの感想を頭の中で呟き、やらなきゃならないことを頭の中で呟き、自分の気持ちなんかもいちいち言語化して頭の中で呟いた。
これがまた、疲れるのなんの。こんなにも脳内での言語機能が衰えてしまったのかと、自分でも驚いた。

この記事もまた、そんなリハビリの一環として書き始めてみたのだけれど、やっぱり少し疲れる。

「言葉」というのは、あくまで人間の道具であって、それで自分の心や感情を100%表現したり伝えたりすることは出来ない。
ある側面から見れば、意思の表現方法として音楽の方が優れている部分もあるけど、少なくとも社会生活を営む上では、言語での思考や意思伝達が必要不可欠なので、言葉で考える癖を付けていきたい。

ちなみに、ここで書いた「考え事をしているときに流れる音楽」を実際に音源化して発表したりすることは、多分ない。
音楽は、言葉では抱えきれなくてどうしようもなくなった部分を、どうにか誰かに伝える為の手段っていうスタンスの方が、かっこいいと思うから。。。

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